老人
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人間って時間と共に歳をとりますよね?

そうすると必ずどんな人間にも老後はやってきます。

私はお店のレジなどをやっているのですが、今でもご老人が多いのに20~30年後は30~40歳の人も「ご老人」になります

つまりこれからご老人はもっと多くなるという事ですよね^^;

老人

で、最近気が付いたんですが

ご老人には2種類あるかもしれないと思ったんです

寂しい老人と生き生きしているご老人

私は生き生きして暮らしているご老人になりたいと思うのですが

皆様はどう思いますか?

寂しい老人の特徴

私の経験した恐らく寂しいんだろうなーという人のエピソードがあるのですが

例えば特徴として寂しいご老人というのは

お店の人と仲良くなりたいのか、いちいちお店にくる人が多い

誤解してほしくないので言いますが

お店に来ないで!って事ではないですよ?(汗

いちいち来るというのは

お店にくるのにお金も持ってこないで、ジャムの蓋が空かないからって持ってこられた人とか

レジに数百円の物を3~10回くらい並んで買っていかれる方などを指します

しかもその店内とレジを往復するご老人はレジを通るたびに、レシートいらないですねってこっちが言わないと、しかめっ面になったりします

この行動の裏に思うのは

自分の事(ご老人)を覚えていてほしいのかなって思っちゃうんですよね

なんとなく

自分の事を覚えているのか確認するような行為ですしね

お店の人に

プレゼントをわざわざ持ってくる人もいます

こういう人達は、自分に近い人達に相手にされていない人が多い

つまりこれらのご老人達のかまってほしいという行為は

老人

寂しいって事なのだろうなーと・・・

という事はかまってくれる家族がいないのかなぁ・・・とか

思っちゃうんですよね

実は

私の親もそのタイプだと思うんですよね

つまり私も

親にかまってあげられていない(汗

これって建前で、客観的に見て私が親というものの話し相手が面倒なだけですね^^;

という事は、こういうご老人達が多いという事は、私のような自分達の生活でいっぱいいっぱいだから

そういう自分の親にかまってあげられない人が多いって事ですよね

ちょっと寂しい事ですが、現代の闇の部分ですよね

私は

それとは別のご老人達がいてるのを気が付いたんです、そのご老人は生き生きしています

体もよわよわしくなく、キビキビしていて

なんといっても見ていて

凄く楽しそうなんですよね

幸せ

自分の価値を認められれば人は輝く

人はみな働きます

その働くという行為は人から認められて、その代価としてお金を貰うという行為でもあります

人間は時として他人に自分の価値を求めます

その価値が大きいほど「幸せ」に思ったりするものです

だからこそ人は資格を取り、免許を取って自分の価値を高めます

他にも

自分が誰かの役にたっているという気持ちが自分を幸せな気分にさせます

これらは承認欲求と呼ばれますが

この承認欲求は歳をとっても無くなりません

つまり

ご老人でも

ご老人だから何も出来ないのではなく、誰かの役に立つ事で生き生きしてくるのだなと私は感じました

その代表的な人物ともいえるのが

山口県周防大島町で行方不明となっていた2歳男児を発見し、大きな注目を集めたスーパーボランティア・尾畠春夫さん。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57178

誰かの為に自分が役にたっている人の特徴として

相手を知る

ボランティアや他の人の介護をしている人は、本当に生き生きしている

誰かにかまってもらおうとするのではなく、ご老人であるにもかかわらず、体は健康的で精神は強くて自立しています

お買い物に大量に買いにくるご老人がいてるのですが、恐らく「地域活動などの炊き出し」などの材料などを買いにきているのだろうと思うのですが

そういう人達は何故か

誰であろうと相手を大事にしています

つまり

そういう人達は

お店の店員などに横柄な態度を取らず、どんな小さな事でも、相手にたいして、やってくれてありがたいと思うようですね

恐らく自由気ままに暮らしていると、相手への配慮とか気遣いというのが無くなってくるのが一般的なご老人ですが

かくも

こうありたいものだと思うのです

死が近づいてくるという事は、だれしも自己中になりますが、どうせ死がやってくるのであるならば

面倒な人だと思われるよりも

感謝されながら生きていって、「おせっかいな人だったけど、いままでありがとう」と感謝されながら死んでいきたいなって思うんです

今4~50歳の人も2~30年後には、誰かの世話にならないといけない年齢になります

それまでに

出来るだけ誰かの為に働きたいと思ってしまうのです

それは誰かの為じゃなく

良い

自分の為にね!(笑)

誰かの為に生きる事というのはボランティアだけじゃない

簡単に言うと

感謝されたら良い

それだけで己の心は軽くなり頑張る事が出来ます

それはなにも地域のボランティアだけじゃない

例えば

料理の得意な人だったら

育児放棄で食べられない子供の為に食堂を作ってみたり

誰かの為に

そこまでいかなくても

お腹すかせた子供に声をかけて何かあげたり

ベランダに放置されている子供を見たら、毛布など渡してみるとか

育児放棄してそうな人がいたら、通報してみるとか

一人で遊んでいる子供がいたら、声をかけて少しでも遊んでみるとか

今何か自分で出来る事を考えて行動するだけでも良いように思います

その時に他の人におせっかいと思われるかもしれませんが、日本と喧嘩している韓国では普通にやっている事だったりします

韓国の人は一人ご飯は絶対ダメらしいです

つまり逆に

一人でご飯食べていたら「こっちで一緒に食べよう!」と声をかけるらしいです

日本人にはない韓国の良い部分ですよね!

という事で

おせっかいでも良いじゃないですか

誰かの為に何かしてあげたいという気持ちは

自分の為にしているのですから^^

皆様のちょっとしたヒントになれば良いなと面ます

最後までお読みいただきありがとうございました

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